COVID-19(新型コロナウイルス感染症)による味覚障害・嗅覚障害の機序について
前回(「いざ、発熱外来へ」)から引き続き・・
COVID-19(新型コロナ感染症)による味覚障害の機序を調べよう、と。
「PubMed」で検索された11件のうち、1件はデンマーク語であったので断念。
残る10件(うち1件は嗅覚障害について)から味覚障害の機序について情報収集すると、
「COVID-19における嗅覚・味覚障害の病態生理学的メカニズムは未だ不明である」1)。
・・・
とはいえ、味覚障害の機序に関する仮説は報告されています。
2012年から話題となった中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルスはシアル酸受容体に結合する可能性があり、これは今回のSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)についても同様とされております。
シアル酸は唾液ムチンの基本成分であり、味孔内の味覚分子を伝える糖タンパク質を酵素による早期分解から保護します。唾液中のシアル酸の減少は、味覚閾値の増加(味が感じにくくなること)と関連しています。SARS-CoV-2は、味蕾のシアル酸結合部位を占有し、味覚粒子の分解を促進することで味覚障害をもたらす可能性があります2)。
また、SARS-CoV-2はアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体に結合して細胞内に侵入することが知られており、このACE2受容体は口腔粘膜の上皮細胞に広く発現していることも味覚障害と関係があるかもしれません3)。
ちなみにこのACE2がホットな話題で、ACE2多型やACE2の発現量がアジア人とヨーロッパ人で異なることでCOVID-19の症状が異なっているのでは、と指摘されています1)。
一方、降圧薬として有名な「ACE阻害薬」(カプトプリルやエナラプリルなど)も症状に影響するのでは、と言われていましたが、日本腎臓学会では、
「実際にACE阻害薬/ARB処方によってCOVID-19を発症しやすくなる、もしくは重症化することを示した臨床報告はなく、現時点ではACE阻害薬/ARBを変更・中止する明確な根拠はありません。」
とのことで今まで通り内服継続してよさそうです。今後新たなエビデンスが出てきた場合は推奨する内容に変更があるかもしれないので注目しています。
味覚障害は嗅覚障害の発症とも関連があるようです。
嗅覚障害の発症機序に関する仮説も記載されていました。
マウスの鼻の中にSARS-CoVを入れて感染させると嗅神経を介して脳内に侵入することが分かりました。ウイルスが神経上皮の嗅覚受容体に感染し、それが嗅球や大脳皮質、大脳基底核、中脳にも広がることが推測されています。脳内でのSARS-CoVの急速な拡散は、有意な神経細胞死にも関連していたとのことです1,4)。
また、ヒトでは8名の剖検試料(COVID-19で亡くなった方から採取した組織)から、脳試料中にSARS-CoV-2が存在することが明らかになりました1)。
ということで、嗅上皮の大多数を占める嗅神経細胞や、それが到達する脳内の嗅球に感染し、神経細胞死することで嗅覚障害を引き起こしているのではないか、と考えられます。
一方、上気道ウイルス感染症が感覚嗅上皮の選択的損傷を受けた後、感覚嗅上皮の変化を引き起こす可能性があるとも指摘されており、ウイルスは鼻閉塞だけでなく、感覚上皮の直接的な損傷によっても嗅覚機能障害を引き起こし、一過性または持続的な嗅覚機能障害を引き起こす可能性が示唆されています4)。
ちなみに、脳内に侵入したSARS-CoV-2は脳幹の延髄に広がり、急性呼吸不全を引き起こすのではないかと推測されており4)、この病気、肺だけ診ていては全体像がつかめなさそうだな、と感じます。
ところで、味覚障害の頻度はどの程度なのでしょうか。
PubMedで1556人を対象に検索した限りでは嗅覚・味覚障害に関する報告はないとするものもありますが5)、味覚障害の有無について記憶していた385人中、342人(88.8%)で味覚障害があったとの報告もあります1)。
味覚障害は塩味、甘味、苦味、酸味の4つの味覚モダリティの障害として定義したり、アンケート形式で確認したりと、研究によって定義があいまいな印象はありますが、突然の嗅覚・味覚の喪失が感染者に起こる可能性があることが急速に明らかになってきた6)、と認識されてからは重視すべき症状ととらえられています。味覚障害の症状が軽度であった場合、捕捉できない可能性があることにも注意が必要です7)。
味覚障害の頻度は重症・非重症に関係なく7)、少なくとも25.5%の患者では、全身症状が消失した2週間後には、嗅覚と味覚の両方の機能が回復していたと報告されています1)。
一方、嗅覚障害は、
sQOD-NSスコアというアンケートを使用した研究では85.6%1)、さらに信頼性の高い40嗅覚テストであるペンシルバニア大学嗅覚識別テスト(UPSIT)を用いた研究では98%の患者で認められ8)、女性の方が嗅覚・味覚障害の影響が強いようです1)。嗅覚・味覚障害はヨーロッパのCOVID-19患者によくみられる症状であり、鼻漏や鼻閉などの鼻症状がない場合もあります1)。
65歳以下のCOVID-19陽性患者に対する嗅覚検査の感度と特異性は高そうです(65歳以降では加齢に伴う嗅覚低下の影響があります)8)。
さらに、嗅覚障害は感染および神経学的疾患の広がりの初期徴候である可能性があるため、嗅覚障害の検査がCOVID-19のスクリーニングを行うための迅速かつ安価な代替診断手段として役立つ可能性があると指摘されています4、8-10)。
味覚障害をちょっと調べるだけのつもりでしたが、今回のCOVID-19は奥が深いなと、あれこれ食い気味にまとめてみることになりました。
疲れたので、ここで一杯、ラガヴーリンを摂取。
私が専門とする消化器領域にも影響がありまして、
便サンプルからウイルス性RNAが検出されており、時には高レベルで検出されることもあると報告されており10)、日本消化器内視鏡学会では新規の内視鏡検査について、
「緊急性の無い内視鏡検査は延期を考慮することを推奨」
されることとなりました。
この影響で消化管癌が早期発見・内視鏡的治療の機会を逸してしまうことを危惧しております。
とにかく早い終息を願うばかりで、私なりに情報収集・発信ができればいいなと思っています。
コロナに負けるな
<参考文献>
- Lechien JR, Chiesa-Estomba CM, De Siati DR, et al. Olfactory and gustatory dysfunctions as a clinical presentation of mild-to-moderate forms of the coronavirus disease (COVID-19): a multicenter European study. Eur Arch Otorhinolaryngol. 2020 Apr 6.
- Vaira LA, Salzano G, Fois AG, et al. Potential pathogenesis of ageusia and anosmia in COVID-19 patients. Int Forum Allergy Rhinol. 2020 Apr 27.
- Giacomelli A, Pezzati L, Conti F, et al. Self-reported olfactory and taste disorders in SARS-CoV-2 patients: a cross-sectional study. Clin Infect Dis. 2020 Mar 26.
- Ralli M, Di Stadio A, Greco A, et al. Defining the burden of olfactory dysfunction in COVID-19 patients. Eur Rev Med Pharmacol Sci. 2020;24(7):3440-3441.
- Lovato A, de Filippis C. Clinical Presentation of COVID-19: A Systematic Review Focusing on Upper Airway Symptoms. Ear Nose Throat J. 2020 Apr 13:145561320920762.
- Gautier JF, Ravussin Y. A New Symptom of COVID-19: Loss of Taste and Smell. Obesity (Silver Spring). 2020;28(5):848.
- Mao L, Jin H, Wang M, et al. Neurologic Manifestations of Hospitalized Patients With Coronavirus Disease 2019 in Wuhan, China. JAMA Neurol. 2020 Apr 10.
- Moein ST, Hashemian SMR, Mansourafshar B, et al. Smell dysfunction: a biomarker for COVID-19. Int Forum Allergy Rhinol. 2020 Apr 17.
- Jang Y, Son HJ, Lee S, et al. Olfactory and taste disorder: The first and only sign in a patient with SARS-CoV-2 pneumonia. Infect Control Hosp Epidemiol. 2020 Apr 20:1-4.
- Vetter P, Vu DL, L’Huillier AG, et al. Clinical features of covid-19. BMJ. 2020 Apr 17;369:m1470.
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